祈りについての証し
クラーク順子姉記
私の母は大変信仰深いクリスチャンでした。私たち姉妹が少女のころ、いつも聖書の話をしてくれました。また祈りの人でもあり、私たちは朝日が出る前、6時ごろいつも祈ることで決まって一日にが始まったのです。朝夕の母の祈りがあったために、今私も深く深く神を愛することが出来ると信じています。自分で旧約・新約聖書を幾たびも読み、母の喜びが分かってきました。
聖書は救われし者の生き方、今世の最高の教えを人々に教えています。世界を創ってくださった父なる神の一人子主イエス・キリスト様に、悲しい時もうれしい時も祈りのうち伊喜びを与えられます。祈りは神との話し合いの交わりであり、クリスチャンにはなくてはならないことだと思います。絶えず祈る経験が祈りの力となり、良きクリスチャン生活が出来ることを信じています。
申命記6章4節をはじめとして聖書の中には幾度も、「心を尽くし、精神を尽くし、主なる神を愛せよ」と記されています。「我はありてあるもの」(出エジプト記3章14節)と申される神、哀れみに富み給う父なる神様に依りがり、残る人生をいきたいと思います。私の愛する言葉は、「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたに近づいて下さるであろう」(ヤコブの手紙4章8節)、「わたしは、わたしを愛するものを愛する、わたしをせつに求める者は、わたしに出会う」(箴言8章17節)。